東京地方裁判所 平成11年(行ウ)239号 判決 2000年9月29日
原告 A野太郎
被告 東京都知事 石原慎太郎
右指定代理人 中村次良
他1名
主文
一 被告の原告に対する平成一一年九月二一日付けの文書の非開示決定処分を取り消す。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
主文と同旨
第二事案の概要
本件は、原告が、被告に対し、平成一一年九月七日、東京都公文書の開示等に関する条例(昭和五九年東京都条例第一〇九号(平成一一年東京都条例第五号による改正前のもの)。以下「開示条例」という。)に基づいて、公文書開示請求書の請求する公文書の件名又は内容欄に「清掃局石神井清掃事務所のB山松夫の休か、職免処理簿の内、「職免に関する部分」。平成11年1月から8月31日まで」と記載して、東京都清掃局石神井清掃事務所に勤務するB山松夫の休暇・職免等処理簿のうち、平成一一年一月から同年八月三一日までの職務に専念する義務の免除(以下「職免」ということもある。)に関する部分(以下「本件文書」という。)の開示を請求したところ、被告が、平成一一年九月二一日付けで、本件文書は個人に関する情報であり、開示することにより個人のプライバシーが侵害されるおそれがあるため開示条例九条二号に該当するとして、開示条例七条一項の規定により、本件文書を開示しない旨の決定をしたことから、原告が、右の非開示処分の取消しを求めるものである。
一 開示条例の定めについて
開示条例は、東京都の区域内に住所を有する者等五条各号に掲げられている者は、実施機関に対して公文書の開示を請求することができること(五条)、実施機関は、公文書の開示に係る請求書を受理したときは、公文書を開示する旨又は開示しない旨の決定をしなければならないこと(七条一項)を規定している。
実施機関が開示しないことができる文書については、開示条例九条において、実施機関は、開示の請求に係る公文書に同条各号のいずれかに該当する情報が記録されているときは、当該公文書に係る公文書の開示をしないことができるとし、同条二号では、個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。)で特定の個人が識別され得るものを、開示しないことができる文書として規定している。ただし、同号ただし書で、イ 法令等の定めにより、何人でも閲覧することができる情報、ロ 実施機関が作成し、又は取得した情報で公表を目的としているもの、ハ 法令等の規定に基づく許可、免許、届出等の際に実施機関が作成し、又は取得した情報で、開示することが公益上必要であると認められるものについては、開示しないことができる文書から除外されている。
二 職員の職務に専念する義務の免除等について
1 地方公務員法三五条は、職員は、法律又は条例に特別の定めがある場合を除くほか、その勤務時間及び職務上の注意力のすべてをその職務遂行のために用い、当該地方公共団体がなすべき責を有する職務にのみ従事しなければならないと規定している。
2 東京都においては、同条に基づき、職員の職務に専念する義務の特例に関する条例(昭和二六年東京都条例第一六号。以下「職免条例」という。)を制定し、職員が、研修を受ける場合(一号)、職員の厚生に関する計画の実施に参加する場合(二号)又はこれらのほか、人事委員会が定める場合(三号)に該当する場合においては、あらかじめ任命権者又はその委任を受けた者の承認を得て、その職務に専念する義務を免除されることができると定めている。
3 東京都人事委員会は、職免条例二条三号の規定に基づき、職員の職務に専念する義務の免除に関する規則(昭和二七年東京都人事委員会規則第一号。以下「職免規則」という。)を定め、職免規則二条において、職員があらかじめ任命権者又はその委任を受けた者の承認を得て、職務に専念する義務を免除される場合について、その対象となる事項を個々具体的に定めている。
4 さらに、職免条例及び職免規則に基づき、職員の職務に専念する義務の免除に関する事務取扱規程(昭和四六年東京都訓令甲第六八号。以下「職免規程」という。)が定められているところ、職免規程三条は、職務専念義務免除の承認を受けようとする者は、職員の勤務時間、休日、休暇等に関する規程(平成七年東京都訓令第五号。以下「勤務時間規程」という。)別記様式に定める休暇・職免等処理簿により、承認権者に申請しなければならないとしている。この休暇・職免等処理簿は、職員の申出等の部分と承認権者の承認部分からなっており、職員ごとに暦年を単位として作成し、その様式は別紙のとおりであり、各項目の記入要領は次のとおりである。
(一) 「所属」欄は、上の欄に一月一日現在の所属部課名を記入し、年の途中で異動した場合には、当該休暇・職免等処理簿を新所属に送付の上、上の欄を抹消し、下の欄に新所属部課名及び異動月日を記入する。
(二) 「氏名」欄は、当該職員の氏名を記入する。
(三) 「年次有給休暇の状況」欄は、一月一日に当該職員に付与される年次有給休暇の総日数を「①本年の総日数」欄に、新規採用職員にあっては、採用の日に対応して付与される年次有給休暇の日数を「新規採用職員」欄に、それぞれ記入する。
なお、「②本年の使用総日数(①―③)」欄、「③本年の未使用総日数(①―②)」欄、及び「④本年分未使用日数(③のうち二〇日を限度)」欄の各欄については、年の末日までの当該職員の年次有給休暇の使用状況を記入する。
(四) 「前々年の勤務実績」欄は、前年分の年次有給休暇の未使用があった場合、その繰越の可否を決定するもので、前々年の勤務日数が要勤務日数の八割以上のときには可を、八割未満のときには否を○で囲む。
(五) 「長期勤続休暇」欄は、職員の勤務時間、休日、休暇等に関する条例施行規則(平成七年東京都規則第五五号。以下「勤務時間規則」という。)二六条の二による長期勤続休暇を取得した歴年を「勤務一五年 年」、「勤務二五年 年」又は「特例措置 年」の欄のいずれかに記入する。
(六) 「申出等月日職員印」欄は、当該職員が年次有給休暇等の承認の申出等をした月日を記入し、押印する。
(七) 「休暇等の種類」欄は、年次有給休暇(勤務時間規則一一条)にあっては「年休」、病気休暇(勤務時間規則一四条)にあっては「病休」、公民権行使等休暇(勤務時間規則一六条)にあっては「公民」、職務に専念する義務の免除(職免条例二条)にあっては「職免」等と記入する。
(八) 「期間」欄は、休暇、職免等を取得する月日、時間及びそれらの合計日時分を記入する。
(九) 「摘要」欄は、年次有給休暇及び夏季休暇(勤務時間規則二六条)を除き、それぞれの申出等に係る理由、年次有給休暇の時季変更権行使の場合、その理由等を具体的に記入する。
(一〇) 「累計」欄は、累計を必要とする年次有給休暇、夏季休暇及び元気回復職免について、それぞれの休暇等の付与単位(日、時間等)により、当該申出等を含めた累計を記入する。
(一一) 「職免適用基準」欄は、職免条例、同規則の該当条項及び総務局長の定めた適用基準の該当項目を記入する。
(一二) 「決定権者」及び「関与者」欄は、当該職員の休暇、職免等に係る承認権者の決裁欄である。
(一三) 「出勤整理」欄は、局等の出勤簿管理の実情に応じ、部又は課の人事担当者が出勤簿と休暇・職免等処理簿とを照合、確認の上、押印する。
(一四) 「給与減額」欄は、給与の減額を伴う場合には、休暇・職免等処理簿を給与担当課に回送し、給与担当者が給与減額整理簿に整理、確認の上、押印する。
三 争点及び当事者の主張
本件の争点は、本件文書が開示条例九条二号の「個人に関する情報」に該当するかどうかであり、争点に関する当事者の主張は以下のとおりである。
(被告の主張)
1 開示条例九条二号は、個人のプライバシー保護を目的として規定されたものではあるが、法的に保護されるべきプライバシーの内容が十分に確立していないため、プライバシー概念によって非開示情報の範囲を客観的に確定することは困難であることから、個人に関する情報で特定の個人が識別され得るものを開示しないことができると規定したもので、その例外についてはただし書に列挙されているから、例外事由に当たらない限り個人情報はすべて開示しないこととしたものである。
そして、右の個人に関する情報とは、思想等個人の内心に関する情報、心身の状況、病歴等個人の心身の状況に関する情報、職歴、成績等個人の経歴又は社会活動に関する状況、親族関係等個人の家族の状況に関する情報、所得等個人の財産の状況に関する情報その他一切の個人に関する情報を指すものであって、公務員であっても右個人に関する情報は、当然保護されるべきものである。
2 原告は、本件開示請求において、職員個人を特定した上で本件文書の開示を請求しているが、右のとおり、そもそも特定の個人に関する情報として、非開示条例九条二号により非開示とされるべきことは明らかである。
また、本件文書は、東京都清掃局石神井清掃事務所所属職員から承認権者あてに、当該職員の職務に専念する義務の免除について申請された申請書及び承認書であり、その「摘要」欄には、職免規則二条各号の規定のうち、職員団体の運営のための活動に従事するとの情報がその理由として記入されており、そして、承認権者が、職免条例二条三号及び職免規則二条に該当し、かつ、これを承認しても職務に支障がないと判断して、当該職員の職務に専念する義務を免除することを承認したことをその内容とする文書である。組合活動への参加は、その間に負傷若しくは疾病にかかっても公務災害とはならないことからも明らかなように、公務遂行に関わるものではないから、これに関する情報は公務に関する情報とはいえないものである。
したがって、本件文書を開示すると、当該職員個人の思想、信条、社会活動等個人のプライバシーが侵害されることになる。
3 よって、本件文書が開示条例九条二号の「個人に関する情報」に該当するものというべきである。
(原告の主張)
1 職免に関する情報は、当該職員が当該日時において職務専念義務を免除されていたことを示すものであり、職務専念義務免除については、公務員の地位・資格に関する情報であり、したがってこれらの情報は、開示条例九条二号の「個人に関する情報」には該当しないものというべきである。
2 被告は、本件文書を開示すると当該職員個人の思想、信条、社会活動等個人のプライバシーが侵害される旨主張するが、本件文書に記載されている職員の職員団体の運営のための活動とは、職員の給与、勤務時間その他の勤務条件及びこれに付帯する社交的又は厚生的活動を含む適法な活動に係る事項であって、管理運営事項にわたるものではないものである(職員団体のための職員の行為の制限の特例に関する条例(昭和四一年東京都条例第九八号。)二条、地方公務員法五五条八項及び「職員団体のための職員の行為の制限の特例に関する条例の制定および職員団体の行う交渉に関する条例の廃止について」と題する依命通達(昭和四一年九月一六日四一総勤労発第九〇号)参照)から、このような活動は私的な組合活動とはいえないものであって、職免の申請は当該職員個人の思想、信条、社会活動に当たらないことが明らかであり、したがって、本件文書が開示条例九条二号の「個人に関する情報」に該当しないことは明らかである。
第三当裁判所の判断
一 原告は、前記のとおり、本件開示請求において、請求する公文書の件名又は内容欄に「清掃局石神井清掃事務所のB山松夫の休か、職免処理簿の内、「職免に関する部分」。平成11年1月から8月31日まで」と記載しているところ、前記第二、二4の休暇・職免等処理簿の記入要領に照らすと、原告が本件開示請求において開示を請求したのは、別紙のうち、「休暇等の種類」欄に職免との記載がある申請についての、「申出等月日職員印」、「休暇等の種類」、「期間」、「摘要」、「職免適用基準」、「決定権者」、「関与者」、「出勤整理」及び「給与減額」の各欄であると解すべきであり、その他の欄は、職免に関する部分とは認められないから、原告の開示請求に含まれないものと解すべきである。
二 そこで、右の各欄の記載が開示条例九条二号に該当し、非開示とすることができるものであるかどうかを検討する。
1 被告は、開示条例九条二号は、個人のプライバシー保護を目的として規定されたものではあるが、法的に保護されるべきプライバシーの内容が十分に確立していないため、プライバシー概念によって非開示情報の範囲を客観的に確定することは困難であることから、個人に関する情報で特定の個人が識別され得るものを開示しないことができると規定したもので、その例外についてはただし書に列挙されているから、例外事由に当たらない限り、広く特定の個人が識別され得る一切の情報を非開示とすべきであると主張する。
2 開示条例は、五条において、同条各号に列挙された者は実施機関に対して公文書の公開を請求することができるとする一方で、実施機関は、個人に関する情報がみだりに公にされることのないよう最大限の配慮をしなければならない(三条後段)として、一定の情報を非開示事由として列挙している(九条)が、開示条例の目的は、公文書の開示を請求する都民の権利を明らかにするとともに、情報公開の総合的な推進に関し必要な事項を定め、もって都民と都政との信頼関係を強化し、地方自治の本旨に即した都政を推進することにあるとされ(一条)、実施機関は、開示条例の解釈及び運用に当たっては、公文書の開示を請求する都民の権利を十分に尊重するものとするとされている(三条前段)こと、個人に関する情報であっても、法令等の定めるところにより、何人でも閲覧することができる情報(九条二号ただし書イ)や、実施機関が作成し、又は取得した情報で公表を目的としているもの(同号ただし書ロ)などについては公開するものとされていること、事業を営む個人の当該事業に関する情報については、開示条例九条三号に定める非公開事由に該当しない限り、公開するものとされていること等を併せ考慮すれば、開示条例が定める「個人に関する情報」とは、特定の個人が識別されうる情報のうち、公文書開示請求に関する都民の権利を制限するにふさわしい、みだりに公にされることが相当でない情報に限定されるべきであって、個人に関係する情報のうち、専ら個人の私事に関するものと通常理解される情報のみに限定されるものと解すべきである。
右の規定の趣旨及び内容に照らせば、公務員個人の社会的活動に関する情報は、特定の個人が識別され得るものであり、個人に関係する情報との側面を有しているものではあるが、そのすべてが開示条例九条二号にいう「個人に関する情報」に該当するということはできず、当該活動が、社会通念上、専ら個人の私事に関するものと理解できるものといえないものは、「個人に関する情報」にも該当しないものと解すべきである。
3 そこで、右のことを前提として、以下、本件について検討する。
地方公務員は、その勤務時間中においては、職務に専念しなければならない義務を負っている(地方公務員法三五条)が、職免は、法律又は条例に特別の定めがある場合に限って、この職務専念義務を免除するものであり、公務員がその勤務時間中においては公務を優先するという大原則からすれば、相応の合理的な理由がある場合に限って認められるべきものである。実際にも、職免条例及び職免規則によれば、職務を免除されることができる事由は、①研修を受ける場合(職免条例二条一号)、②職員の厚生に関する計画の実施に参加する場合(同条二号)、③職員が職員団体(地方公務員法五二条に規定する職員団体及び地方公営企業労働関係法五条の労働組合をいう。以下同じ。)の運営のため特に必要な限度内であらかじめ職員団体が任命権者の許可を受けたときにおいて、その会合又はその他の業務に参加する場合(職免規則二条一号)、④職員が国又は他の地方公共団体その他の公共団体若しくはその職務と関連を有する公益に関する団体の事業又は事務に従事する場合(同条二号)、⑤職員が法令又は条例に基づいて設置された職員の厚生福利を目的とする団体の事業又は事務に従事する場合(同条三号)、⑥職員が都又は都の機関以外のものの主催する講演会等において、都政又は学術等に関し、講演等を行う場合(同条四号)、⑦職員がその職務上の教養に資する講演会等を聴講する場合(同条五号)、⑧職員がその職務の遂行上必要な資格試験を受験する場合(同条六号)、⑨その他特別の事由のある場合(同条七号)に限られている。
これらの職務を免除されることができる事由は、右①、④、⑥、⑦、⑧のように公務員の職務それ自体と関連するもの、右②、⑤のように地方公共団体と公務員との関係において必要とされるもの、右③のように憲法上の権利を保障するために特に認められたものに限定されているものであり、このことと、公務員の職務専念義務の原則とを併せて考えてみると、職免を受けているという事実は、その期間中、当該公務員が勤務時間中であるにもかかわらず全く勤務を要しないことと公的に評価しうる活動をしている事実と表裏一体の関係にあり、休暇のように公務員の職務と離れた純粋に私的なものなどとは異なり、職免の具体的理由とともに公的な側面を有するものというべきである。
そうであるとすると、公務員が職免を受けている事実及びその具体的理由については、当該公務員の私的な側面に関わるものではあるものの、専ら私事に関するものとはいい難く、開示条例九条二号にいう「個人に関する情報」には該当しないと解すべきである。
4 したがって、原告が本件開示請求において開示を求めた本件文書には、被告主張の非開示事由が存在するとは認められない。
第四結論
よって、原告の本訴請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 藤山雅行 裁判官 谷口豊 加藤聡)
<以下省略>